映画と事件の奇妙なシンクロニティー

 今日、録画しておいた映画「ノウイング」を見たのですが、それとオウムの逃亡犯平田容疑者の出頭について、なんとなくシンクロニティーを感じました。以下映画のネタバレを若干含みますので、ご注意ください。













 ノウイング自体はキリスト教的な宗教観にのっとった映画なのですが、別にオウムの教義との宗教的なシンクロニティーなどという、直接的なものではありません。いたってわたし的な、ひねくれたシンクロニティーです。
 ノウイングという映画の中で、ニコラス・ケイジ扮する主人公が偶然手に入れた数字の羅列に予言を見出し、それについていろいろ奮闘します。もちろん、周囲はなかなか予言を信じないのですが、結果としてはそれは本物でした。
 ところで今回の出頭事件、平田容疑者は丸の内署に出頭する前に、オウムの情報提供を求めている場所に電話したり、警視庁に出頭したりしましたが、信じてもらえなかったとのこと。まったく、もし気が変わって出頭を諦めていたらどうするんですかね~。
 まぁ、現実にはいたずらも多かったのでしょうが、たとえ99%が偽者でも、のこり1%に本物が隠されているかも知れません。ネットなどの爆破予告などの書き込みにきちんと対応していましたから、今回のような対応はしないものかと思っていましたが、警察のすべてがそうではなかったようです。
 この警察のまずい対応を、映画を見て私に対する他山の石になるかなと思ったのです。私は予言などの超常現象にはいたって懐疑的なのですが、だからこそ1%の真実の予言があるかもしれないことも、考えておかなければならないのではないかと思いました。
 結局簡単なんです。否定派がなんでもかんでも否定するのも、ビリーバーがなんでもかんでも信じ込むのも。それで結局、どちらも支離滅裂になっていく。ビリーバーが支離滅裂なのはともかく、否定派のビリーバーへの突込みが、そもそも相手の意図を理解していないだけの、むちゃくちゃなものと化していることがよくあります。
 たまたま平田容疑者出頭のニュースのあとにノウイングを見たことが、私にとってはシンクロニティーで、一つの教訓として受け止めようと思います。
 まぁこうした受け止め方自体が、ある意味宗教の基本なのでしょうね。たとえ神自体は実在していないとしても、こうした心の作用をもったことは人間にとって必然というか、必要なのでしょう。こうしたことは、ガチガチの否定派も少しは理解するべきだと思います。

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