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zoom RSS 「絶歌」について

<<   作成日時 : 2015/06/22 01:20   >>

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 元少年A著(というより、酒鬼薔薇聖斗どでも表現した方が個人は特定できる気はしますが。)の表題の本が出版されました。まぁ、世間は予想通りの反応ですね。おそらく大多数であろう反応には私は組しません。
 まず、この本を出版するべきではなかったという意見は論外ですね。表現の自由は憲法で認められた権利です。本を書くのは筆者の自由、出版するのは出版社の自由です。たとえ被害者だろうと止める権利はありません。もちろん、意見を言うのは自由ですが。犯罪被害者保護法で犯罪被害者を守るためには法がしっかり守られるという保証がなければなりません。それには憲法で書かれた表現の自由もしっかりと守られる必要があります。どちらか片方というわけにはいきません。少なくとも、誰もがそれを弁えたうえで発言するべきでしょう。
 出版を止めるべきではない現実的な理由もあります。法に則った形で罪を償った人間をさらに追い詰めることは再犯率を上げることになります。また、一度の事件で永久に許されることがないということになれば、些細な過ちで罪を犯した人間を自縛自棄にし、さらなる犯罪を繰り返す可能性を上げます。罪を償った人間を許さないことには、社会において重大なデメリットをもたらします。
 また、中国・韓国の態度に「いつまで誤り続ければいいんだ」という主張を持っている人は、この出版の件への意見との整合性も考えた方がいいでしょう。
 出版した太田出版を「金儲けしか考えていない」という評価をするのもおかしな話です。出版社が利益のことも考慮に入れるのは当然のことでしょう。しかし実際に利益のことしか考えていないのかどうかはそう簡単にはわからないことです。仮に犯罪被害者が手記を出版する場合でも、可能性としては利益のみしか考えないような出版社を通して出版される可能性もあるわけですが、だれもそんなことは問題にしないでしょう。結局のところ、何が出版されたかという表面的なところだけで判断して、実態など何も考えていないということでしょう。
 私個人としては、買うまではする気がなかったのですが、不買運動でも起こればそれに対する抗議として買おうと思っていました。どうやら販売を自粛する書店があるようなので、これから買おうと思っています。
 あと、中身に対して批判をするなら、きちんと読んでからにすべきでしょうね。著者の一方的な意見の表明だなどとの批判はばかばかしい限りです。手記って普通はそうでしょう(笑)? もし内容的にどうしょうもないものであれば、他ならぬ本人がさらしものになるだけです。読んで大いに嘲笑してやればいいだけの話です。
 また、一方的な意見ということでなら、遺族の側も同じです。第3者はあくまでも第3者。遺族に同情することは大切ですが、遺族の気持ちがすべてではない。第3者だからこそ冷静で客観的な判断を下すべきでしょう。
 たまたま6月21日付の上毛新聞にアメリカの黒人教会で起きた銃乱射事件の記事が載っていました。それによるとその事件の多くの遺族は容疑者の罪を許すべきだという陳述をしたそうです。殺人事件の遺族の反応だって決して一様ではありません。私個人としてはこうした遺族に対して心の底から敬意を払いますし、もし自分が当事者になったとしたら彼らのような態度をとりたいと思います。それが正しいというのではありません。様々な事件への向き合い方は人それぞれだというのに、非常に狭い視野でしかものを考えていない人々の姿勢を愚かしく思うのです。
 「人を殺してはなぜいけないのか?」これは酒鬼薔薇事件を受けてニュース23で行った若者の意見を聞く特集において一人の若者が問いかけた言葉です。私はこれに対して一応の回答があります。
 人を殺すこと自体が悪いのではなく、結果として可能性がつぶされることが悪いのだと私は思います。ある人間を殺せば、その人が将来行うであろう善行をつぶすことになります。結果としてその善行が人類に、あるいはもっと限定的に自分自身にとっての利益になるかもしれない。当然、可能性としてはその相手が悪行しか行わない可能性もありますが、生かしておけばそこはコントロールできるかもしれません。しかし、殺してしまったらもう取り返しがつかないのです。
 今回の手記もそう。うまく使えば今後同じような犯罪を減らせるかもしれない。出版をすることで、それをうまく利用できる人の眼に触れる可能性が高まります。いえ、むしろ社会として、この手記をうまく利用することが重要なんだと思います。私にとってはこの手記の可能性をつぶすことは、一人の人間を殺すのと同様の罪悪だと思っています。

 最後に、本来はすべきでないんですが、読む前に内容を予想して勝手にこの本を評価しちゃいます。
 おそらく書いてあることは普通のことでしょう。こうした猟奇事件を起こす人間は、誤解を恐れず言うのなら決して特殊な人間ではありません。ほんのちょっとした認識のずれ、それによってちょっとだけ一般の人と違う行動をとるのです。そしてずれはどんどん広がって、非常にショッキングな事件を起こします。その最初のずれをどうにかできれば、きっとこのような事件は起こらなくなるでしょう。
 さて、問題の本を買ってこの評価が正しいかどうか確認するのが楽しみです。繰り返しますが、最初は私はこの本を買わないつもりでした。それを買うように仕向けたのは、今この本の出版を非難している多くの人たちです。少なくとも一人は、彼らの行動の結果増えた読者だということを、彼らにぜひ自覚してほしいものです。

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