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zoom RSS 週刊文春12月3日号について

<<   作成日時 : 2015/11/29 13:12   >>

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 新聞の広告で週刊文春に気になる見出しをみつけました。『「誤爆もテロ」「報ステ」古舘伊知郎の、気は確かか?』という見出しです。
 実際に読んでみて私も「気は確かか?」と思いました。この記事をかいた記者のほうがですが(笑)。
 記事の趣旨は誤爆とテロを古舘氏が同列に扱っていることに対する批判なんですが、まともな日本語能力があれば、古舘氏が誤爆とテロを同列に扱っていないことは明らかなのですが。
 実際の記事で古舘氏の発言を読むと「『反対側から見ると』テロですよね」とあります。つまり、古舘氏が誤爆とテロを同列に扱っているわけではなく、誤爆を受けた側の視点を類推した発言です。これは雲泥の差です。
 誤爆を受けた側の立場に立って考える、そういう視点は必要ないのでしょうか? また、誤爆を受けた側は、誤爆もテロと同じだとは考えないのでしょうか?
 もちろん厳密には、誤爆とテロという言葉のそれぞれの意味は違います。しかし、誤爆を受けて自分が傷つけられたり、家族を傷つけられたりした場合、誤爆ならしかたないとでも思うとでもいうのでしょうか? テロだろうが誤爆であろうが、当事者にとっては理不尽な暴力であることに変わりはありません。
 意見を求められた中西輝政教授もまた頓珍漢な発言をします。「誤爆はあってはならないことです。しかし、国際人道法上の責任が生じる有志連合の空爆を、庶民を狙ったISのテロと同列に並べるのは明らかにバランスを失しています。」とのこと。
 いつの間にか「誤爆」という言葉がが「空爆」という言葉にすり替わってますね。週刊文春の記事で読む限りはですが、古舘氏の発言から空爆とテロを同一視する発言はまったくありません。記事自体だってあくまでも、「誤爆はテロ発言」とか言っているし。それから、誤爆はあってはならないことと中西教授自身も認めていますが、テロだってあってはならないことじゃないでしょうか? 実は中西氏もテロと誤爆を同列に扱っているのでは(笑)? けっきょくのところ古舘氏の発言は、誤爆はあってはならないということを、違う表現で言っているにすぎないんだと思います。
 その後報道ステーション関係者の発言として、報道ステーションの現場が左向け左になっているとかいう発言がでてきますが、犠牲者の側に立って発言するということが、そもそも右だ左だという話なのでしょうか? もし犠牲者の立場に立って話すのが左で、それをしないのが右だというのなら、私は迷わず左を選びますね。その方がよっぽど人間としてまともでしょう。
 最近この手の批判を見ていると、「イデオロギー」なんて高尚なものではなく、読解力のない人間がトンデモ解釈をして、実際の相手ではなく自分の妄想の中の相手に向かって批判しているにすぎないような気がします。やはり日本人は劣化しつつあるんですかね。

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